年金財政をめぐる最近の議論

社会保険労務士福留事務所(Tome塾主宰者) 


 年金財政をめぐる最近の議論

(1)マクロ経済スライドにキャリーオーバー制度を
・賃金の上昇に応じて納付される保険料も増えることから、賃金に見合った年金額の改定にはそれなりの合理性がある。
 しかしながら、年金受給者の長寿命化や被保険者数の減少傾向に対しては、何らかの給付抑制の仕組みが必要であり、そのために設けられたのがマクロ経済スライドである。
・しかしながら、賃金(あるいは物価)の上昇がないときはマクロ経済スライドを発動しないというのが現在のルールである。(物価スライド特例水準が適用されている期間中は、マクロ経済スライドを働かせる余地はなかったが、これは27年度以降、解決済みとなった)
・このため、賃金(あるいは物価)のダウン下にあってもマクロ経済スライドによる調整(給付抑制)を行おうとする議論がこれまで何回も検討されてきたが、実現には至らず。

・これに代わるものとして、最近議論されているのが、キャリーオーバー制度である。
 すなわち、賃金(あるいは物価)のダウンの場合は、とりあえず調整は行なわないが、そのときの調整率は翌年度以降に持ち越す。
 賃金(あるいは物価)がアップしたがその大きさが調整率より低い時も、年金額は据え置きとするので、未達成の調整率が残るが、これも持ち越す。
・そして、賃金(あるいは物価)のアップが大きい時には、持ち越し分も含めたスライド率で調整しようとする方式である。
 法案は既に上程されているが、採決は秋の臨時国会以降に持ち越しとなった。
 今後の動向をウォッチしていく必要がある。
・参考までに、スライド調整率は今後大きくなることも予想されており、2015年から2040年までの見込みでは平均1.2 〜1.3%程度とされている。

(2)被保険者数の増大対策(短時間労働者の適用拡大、28年10月1日から)
 年金財政を改善させる別の方法として、被保険者数の増加策がある。
 このため、今年の10月からは、特定事業所に勤務する一定の短時間労働者に、健保・厚年を適用することになった。

・特定事業所とは、同一事業主の適用事業所(法人にあっては法人番号が同じ適用事業所)の厚生年金被保険者数が常時(1年のうち6カ月以上にわたり)501人以上いる事業所
・短時間労働者とは、週所定の労働時間が20時間以上、賃金月額が8.8万円(年収106万円)以上、勤務時間が1年以上見込まれる者で、昼間部の学生ではないこと。

(3)給付抑制の歯止め
 年金財政の維持のためにはある程度の給付抑制対策が必要と思われるが、一方では、一定水準の年金額を確保することも重要である。
 このため政府では、一応、所得代替率50%以上を給付抑制の歯止め目標としている。
 所得代替率50%以上の条件:標準的モデル世帯(平均賃金で40年間働き、妻は40年間専業主婦)の65歳の受給開始時における年金月額が、現役世代男性の平均手取り月収の50%以上であること。

     所得代替率の推移(H26年財政再計算の結果)
  平成16年度 平成21年度 平成26年度 同左(一元化モデル
夫の報酬比例年金額 10.1万円 9.2万円 8.7万円 9.0万円
夫婦の基礎年金額 13.2万円  13.1万円 12.8万円 12.8万円
夫婦の年金額合計 23.3万円 22.3万円 21.5万円 21.8万円
厚年被保険者男子の平均手取り収入 39.3万円 35.8万円 33.5万円 34.8万円
所得代替率 59.3% 62.3% 64.1% 62.7%

注:一元化モデルとは、共済組合員の年金額、収入も含めたモデル。
・驚くべきことに、平成16年度当時と比べると、代替率は59.3%から62.7%に増えている。
 その要因は、現役世代(被保険者)の手取り収入が低下していることにある。
・今後の賃金の動向は予測が難しいが、代替率はいずれ50%になると予想されている。
・なお、既裁定者は物価変動による年金額の改定のため、所得代替率は新規裁定者よりも
 早く50%未満になると予想されているが、50%以上という目標値は定められていない。
                                                                                                               (以上)