社会保険労務士福留事務所(Tome塾主宰者) 


 厚生年金保険法、国民年金法におけるマクロ経済スライド調整ー基礎知識と当面の問題点
                                    R06.12.21
はじめに
@マクロ経済スライドとは、小泉内閣時代の年金制度改革(平成16年10月1日施行)で導入されたもの。
・賃金や物価の改定率に応じて年金給付額を決定する際に、「スライド調整率」を適用して、年金の給付水準を調整(実際には抑制)する仕組みをいう。
 ここで、スライド調整率は、現役の被保険者数の増減率に応じて毎年改定する部分と平均余命の伸びに応じた固定部分からなる。
 スライドとは「滑る」「滑らせる」などの意味があるほか、ある数量に従って、他の数量を増減させる、たとえば、「年金額を物価にスライドさせる」などの使い方もあるのだ。
・日本の年金制度では、「世代間扶養」の仕組みがとられているが、近年の長寿命化・少子高齢化によって、 収入(現役世代による保険料等)と、支出(年金受給者への給付等)とのバランスを取ることが、非常に困難になってきた。
・このアンバランスを、積立金の取り崩しを介在させながら、一定の調整期間中に、少しづつ給付額を減らすことにより、中長期的に解消しようとすることを目的とする。
・この制度を議論する当たっては、以下のことを前提条件として考慮する必要がある。
 保険料率は固定して(当分は)あげないこと。
 新規裁定者への年金給付額は所得代替率(現役世代の平均所得に対する比率)が50%以上であること。
 各年度における収支の不均衡は、積立金の取り崩し等でまかなうとしても、その額は年金給付総額の1年以上残すこと。
Aところで、小泉改革前のH12からH16までの年金改定は、財政再計算により定めた年金額をベースとし、次の財政再計算までの間は、物価の増減に伴って自動的に改定する、各年完全物価スライド制がとられていた。
 しかし、H12,H13.H14は、物価が下がったにもかかわらず、政府は国民の反発をおもんばかってか徳政令を発し、実際には年金額を据え置きにした。(概要は3の通り)
Bよって、小泉年金改革が施行されたにも拘わらず、本則で定めた方式による年金額よりも、実際にもらっている年金額の方が高いという現実の壁に直面した。
 このため、平成17年度以降、同26年度までは、平均して1.7%のもらいすぎと揶揄された年金額を下げる制度(物価スライド特例措置)がとられてきた。
 すなわち、本則による年金額の改定の仕組みの出番はなく、マクロ経済スライド調整はお呼びでなかった。
 物価スライド特例措置の概要は4の通りである。
C平成27年度になり、やっと本則による年金額が前年度の実際の年金額を上回ることになり、本則による年金額の改定方法とマクロ経済スライド調整が日の目をみることになった。
 実際に行われた調整の状況は、2にある通り。(なおこの間、調整(抑制)の程度をより厳しくする方向で、細部についてのルール改正もいくつか行われてきた)
Dその後、厚生年金の適用拡大などにより、厚生年金の積立金に余裕が見られるに到り、マクロ経済スライドを終了してもよい年度が近いとされてきた。
 一方、国民年金においては、先行きの見通しが暗く、長期にわたって年金額がどんどん下がる一方であるといわれている。
 このために、調整終了期間を同時とする、あるいは近づけることが検討されるようになってきた。
 「老齢基礎年金と老齢厚生年金は、一体として受給するのが通例であるので、この問題は、国民年金法だけの問題とはいえないことも、忘れてはならない」
1.年金額とその改定方法、マクロ経済スライドなどの基礎知識
1.1  老齢年金の額
 国民年金法(27条)
 (満額の)老齢基礎年金の額=780,900円×改定率(100円単位の端数処理した額)

⇒改定率は法に基づいて毎年改定される。
 780,900円とは、H16改正前の804,200円に、H12からH16までの物価スライド率の合計値0.971をかけたもの。
 
 厚生年金保険法(43条)
 老齢厚生年金の額=最新再評価率表による平均   標準報酬月額×1,000分の7.125×平成15年4月1日前の被保険者月数+最新再評価率表による平均報酬額×1,000分の5.481×平成15年4月1日以後の被保険者月数

⇒再評価率は法に基づいて毎年改定され、再評価率表としてまとめられる。
1.2 改定率・再評価率改定のための調整期間
 国民年金法(16条の2)
 「政府は、財政の現況及び見通しを作成するに当たり、国民年金事業の財政が、財政均衡期間の終了時に給付の支給に支障が生じないようにするために必要な積立金を保有しつつ、当該財政均衡期間にわたってその均衡を保つことができないと見込まれる場合には年金たる給付の額を調整するものとし、政令で、給付額を調整する期間(調整期間)の開始年度を定めるものとする」

⇒従来の「永久均衡方式」(将来にわたって給付と負担の均衡を考えて積立金水準を維持する)を改めて、昭和16年の法改正により、「有限均衡方式」(財政検証の翌年度から100年程度の期間について給付と負担の均衡を考える)とした。

 「同2項 財政の現況及び見通しにおいて、前項の調整を行う必要がなくなつたと認められるときは、政令で、調整期間の終了年度を定めるものとする」
 「同3項 政府は、調整期間において財政の現況及び見通しを作成するときは、調整期間の終了年度の見通しについても作成し、併せて、これを公表しなければならない」 
 厚生年金保険法(34条)
 「政府は、財政の現況及び見通しを作成するに当たり、厚生年金保険事業の財政が、財政均衡期間の終了時に保険給付の支給に支障が生じないようにするために必要な積立金(年金特別会計の厚生年金勘定の年金勘定の積立金および実施機関積立金をいう)を政府等が保有しつつ当該財政均衡期間にわたってその均衡を保つことができないと見込まれる場合には、保険給付の額を調整するものとし、・・・・・」

⇒積立金は国民年金法によるものとは別勘定で、政府を含む各実施機関が保有している。

⇒「有限均衡方式」については、国年法と同じ。
 

  「同2項 国年法に同じ」


 「同3項 国年法に同じ」
 
1.3 調整期間の開始年度・終了年度の見通し
(1) 開始年度
 国民年金(施行令4条の2) 「平成17年度とする」 
 厚生年金(施行令2条)    「平成17年度とする」
(2) 終了年度の見通し(詳細は5.2)
 国民年金:将来の経済の動向などに依存するが、過去30年投影ケースにおいては、2057年度と見通されている。
 厚生年金:今後数年の経済の動向などに依存するが、過去30年投影ケースにおいては、2026年度と見通されている
1.4 調整期間中の改定率・再評価率の決定と年金額の改定
(1)国民年金法
当年度の改定率=前年度の改定率×改定率の改定
・(満額の)老齢基礎年金の額=780,900円×当年度の改定率(100円単位の端数処理した額)

・新規裁定者(68歳到達年度未満のもの)の改定率の改定は国年法27条の4
 既裁定者(68歳到達年度以降のもの)の改定率の改定は国年法27条の5による。
(2)厚生年金保険法
・当該年度の再評価率表:前年度再評価率×国年法と同じ既裁定者の改定率の改定で書き換えるとともに、一番右に新たな欄を設け、前年度最右欄の再評価率×国年法と同じ新規裁定者の改定率の改定を書き込む
 (いずれも下4段を除く。下4段については、別途のルールによる)
・その結果から、平均標準報酬月額、平均報酬額を求めて、年金額を改定する。
・新規裁定者(68歳到達年度未満のもの)については、厚年法43条の4
 既裁定者(68歳到達年度以降のもの)については、厚年法43条の5による。
・ただし、所得代替率を議論するときは、いずれも、新規適用者にのみ注目する。
 以下は国年法についてのみ記述する。 
 調整期間中の改定率 こちらの図面を参照のこと
 新規裁定者(68歳到達年度未満のもの)
 「改定率の改定=名目賃金変動率×調整率×前年度の特別調整率」 
 「ただし、名目手取り賃金変動率が1を下回る場合は、改定率の改定=名目賃金変動率」 
 ここで、
・調整率=公的年金被保険者総数変動率×0.997(平均寿命の伸びを考慮した一定値)
・前年度の特別調整率=前年度までのスライド調整未達分の累計値(調整済みの部分は減算し、実際に残っている未達部分の合計値)
⇒名目手取り賃金変動率が1を超える場合、名目賃金変動率分だけ年金額を上げるのではなく、調整率×前年度の特別調整率だけ値切る(調整する)
 
ただし、年金額が下がるまでの値切りは行わず、調整未達分は次年度以降にもちこす。
⇒名目手取り賃金変動率が1を下回る場合は、スライド調整は行わず名目賃金変動率分だけ年金額を下げる。 
 ただし、調整率×前年度の特別調整率は調整未達分として、次年度以降にもちこす。
 既裁定者(68歳到達年度以降のもの)
 「改定率の改定=物価変動率(物価変動率が名目手取り賃金変動率より大きいときは、名目手取り賃金変動率)×調整率×前年度の68歳到達年度以後特別調整率
 「ただし、物価変動率が1を下回るときは、改定率の改定=物価変動率
 また、物価変動率が名目手取り賃金変動率を上回り、かつ名目手取り賃金変動率が1を下回るときは、改定率の改定=名目手取り賃金変動率 
 ここで、
前年度の68歳到達年度以後特別調整率=68歳到達年度以降前年度までのスライド調整未達分の累計値(調整済みの部分は減算し、実際に残っている未達部分の合計値)
⇒新規裁定者から既裁定者に移る年度の特別調整率はそのまま移行される。
⇒新規裁定者の場合と同様に、年金額が下がるまでの値切りは行わず、調整未達分は次年度以降にもちこす。
2.マクロスライト調整の適用概要
 マクロ経済スライドを設けても、しばらくは出番がなく、平成27年度に初めて適用され、現在にいたっている。
平成27年度の改定率
・新規裁定者=26年度改定率(0.985)x名目手取り賃金変動率(1.023)
・既裁定者:物価変動率は1.027)であったが、賃金の上がり方を上回ることは許されないとして、新規裁定者と同じ値 
 なお、上記の本来水準による年金額が物価スライド特例水準よりも高くなったので、初めてマクロ経済スライドが発動されることになった。
・調整率は0.991であったので、この分だけ減額調整され、結局のところ、新規裁定者、既裁定者とも
 27年度の改定率=0.985×1.023×0.991=0.999
 
27年度の年金額=780,900×0.999=780,100円(年金額は前年度比で2.3%アップとなるところ、0.9%減額されて1.4%のアップにとどまった)
平成28年度の改定率
・新規裁定者、既裁定者とも0.999x1.0
・調整率は0.993であったが、これを適用すると、年金額が前年度に比べて減額になるので、調整率の適用はなく、年金額も据え置き
平成29年度の改定率
・新規裁定者、既裁定者とも0.999x物価変動率(0.999)
・調整率は0.995であったが、これを適用すると、年金額が前年度に比べて減額になるので、調整率の適用はない。
 29年度の改定率=0.999×0.999=0.998
   29年度の年金額=780,900×0.998=779,300円(前年度比0.1%減額)
平成30年度の改定率
・新規裁定者=29年度改定率×名目手取り賃金変動率(0.996))
・既裁定者=29年度改定率×物価変動率(1.005))
 ただし、賃金が下がったが、物価は上がったので、 新規裁定者、既裁定者とも改定なしとし1.0となった。(ただし、このルールはその後削除となった事に注意を)
 よって、新規裁定者、既裁定者とも、30年度の改定率=0.998×1.0となるところ
・調整率は0.997:ただし、年金額が前年度より下がる場合は、マクロ経済スライドは発動しないというルールにより、調整率の適用はないが、平成30年度以降は、マクロ経済スライドによる調整が行われなかった場合でも、未達成分(H30年度分はー0.3%)については、翌年度以降に持ち越すことになった。
・結局のところ、新規裁定者、既裁定者とも
 30年度の改定率=0.998×1.0=0.998
 
30年度の年金額=780,900×0.998=779,300円(前年度と同額)
 令和元年度の改定率
・新規裁定者=30年度改定率×名目手取り賃金変動率(+0.6%(1.006))
・既裁定者:物価変動率は1.010であったが、賃金の上がり方を上回ることは許されないとして、新規裁定者と同じ
調整率は0.998(-0.2%)、。
・特別調整率は、平成30年度の未達成分0.997(-0.3%)
・結局のところ、新規裁定者、既裁定者とも
 令和元年度の改定率=0.998×1.006×0.995(0.998x0.997) =0.999
 
令和元年度の年金額=780,900×0.999=780,100円(年金額は0.6%の増額となるところ、調整率0.998+特別調整率(持ち越し分0.997)による調整が行われ、増額は0.1%にとどまった。
 令和2年度の改定率
・新規裁定者=31年度改定率×名目手取り賃金変動率(+0.3%(1.003))
・既裁定者:物価変動率は1.005であったが、賃金の上がり方を上回ることは許されないとして、新規裁定者と同じ
調整率は0.999(-0.1%)、未達成分は0
・結局のところ、新規裁定者、既裁定者とも
 令和2年度の改定率=0.999×1.003×0.999=1.001
 
令和2年度の年金額=780,900×1.001=781,700円(月額65,141円)で、0.3%のの増額となるところ、増額は02%にとどまった。
 令和3年度の改定率
・新規裁定者=令和2年度改定率×名目手取り賃金変動率(-0.1%(0.999))
・既裁定者:物価変動率(0.0%(1.000))であったが、賃金が下がり、かつ物価は上がった場合は、改定せずとなるところ、令和3年度からの法改正により、「物価変動率が名目手取り賃金変動率を上回るとき(実質賃金がダウンのとき)は、名目手取り賃金のアップあるいは物価のアップにかかわりなく、名目手取り賃金変動率を基準とする」ことになり、新規裁定者と同じ値。
調整率は0.999(-0.1%)で、前年度までの未達分はない。
 年金額がダウンとなるため、調整率による調整はないが、0.999は、未達分として翌年度以降に持ち越される。
・結局のところ、新規裁定者、既裁定者とも
 令和3年度の改定率=2年度の改定(1.001×0.999=1.000
 
令和3年度の年金額=780,900×1.000=780,900円(月額65,075円)で、前年度比0.1%減
 令和4年度の改定率
・新規裁定者=令和3年度改定率×名目手取り賃金変動率(-0.4%(0.996))
・既裁定者:物価変動率(-0.2%(0.998))であったが、実質賃金がダウンのときは、名目手取り賃金変動率を基準とすることから、新規裁定者と同じ値。
調整率は0.998、特別調整率は前年度までの未達分-0.1%(0.999)
 ただし、年金額がダウンとなるため、調整率による調整はないが、調整できなかった0.997(0.998x0.999)は、未達分として翌年度以降に持ち越される。
・結局のところ、新規裁定者、既裁定者とも
 令和4年度の改定率=3年度の改定率(1.000)×0.996=0.996
 
令和4年度の年金額=780,900×0.996=777,800円(月額64,816円)で、前年度比0.4%減
 令和5年度の改定率
・新規裁定者=令和4年度改定率×名目手取り賃金変動率(1.028)
・既裁定者=令和4年度改定率×物価変動率(1.025)
 賃金も物価もアップし、かつ賃金のアップの方が大きいので、新規裁定者と既裁定者の改定率はそれぞれ独立して定める。
・令和5年度の調整率=変動率0.997。特別調整率は前年度までの未達分(0.997)
・結局のところ、令和5年度の改定率は
 新規裁定者:4年度の改定率(0.996)×1.028×0.994(0.997x0.997)=1.018
 
既裁定者 :4年度の改定率(0.996)×1.025×0.994(0.997x0.997)=1.015
 
令和5年度の年金額、 
 
新規裁定者=780,900×1018=795,000円(月額66,250円) (前年度比2.8%の増額となるところ、2.2%増額にとどまった)
 既裁定者=780,900×1015=792,000円(月額66,050円)) (前年度比2.5%の増額となるところ、1.9%増額にとどまった)
 令和6年度の改定率
・新規裁定者=令和5年度改定率×名目手取り賃金変動率(1.031)
・既裁定者:物価変動率(1.032)であったが、賃金のアップを上回ることは許されないとして、既裁定者の改定率も賃金のアップ率にとどめられた。
・調整率は0.996。、前年度までの未達分の繰越しはなし。
・結局のところ、令和6年度の改定率は
・新規裁定者:5年度の改定率(1.018)×1.031×0.996=1.045
・既裁定者 :5年度の改定率(1.015)×1.031×0.996=1.042
 令和6年度の年金額は
・新規裁定者:780,900×1045=816.000円(月額68,000円) (3.1%増額となるところ、スライド調整によりに2.7%増とどまった)
・既裁定者 :780,900×1042=813,700円(月額67,808円) (同上により、2.7%増にとどまった)  
特記事項

 既裁定者の中でも、65歳到達誕生月に老齢基礎年金の受給権が発生し、令和6年度中に68歳に到達する者(昭和31年4月2日から同32年4月1日までの間に生まれた者)は、5年度は67歳で新規裁定者であったから、6年度に68歳で既裁定者となったこの者の令和6年度改定率は、
 5年度の改定率(1.018)×1.031×0.996=1.045となり、6年度の新規裁定者と同じ値である。
 つまり、平成6年度の改定率は、
@新規裁定者等(68歳の既裁定者も含む昭和31年4月2日以降生まれ)は1.045
A既裁定者(69歳以上の既裁定者である昭和31年4月1日以前生まれ)は1.042
 に分かれることになった。
3.平成16年改正前における年金額の改定方法(参考)
 5年毎に「財政再計算」を行って根本的な見直しを行い、その途中の年度については、
 「年平均の全国消費者物価指数が直近の改定措置が講ぜられた年の前年の物価指数を超え、又は下るに至った場合においては、その上昇し、又は低下した比率を基準として、その翌年の4月以降の当該年金たる給付の額を改定する」
 満額の老齢基礎年金の額=804,200x物価スライド率

・H12からH16までの年金額に反映する物価スライド率は合計で0.971であった。
・ただし、H12,H13.H14は徳政令により、物価が下がったにもかかわらず、実際には下げなかった。
・その結果、平成16年度の年金額は、H15,H16年度に対応した前年度の物価変動率合計値0.988だけを適用し、794,500円とした。
・つまり、0.971と0.988の差である1.7%はもらい過ぎの年金であるとした。
 老齢厚生年金の額=(H12年再評価率表による平均標準報酬月額×1,000分の7.125×H15年4月1日前の被保険者月数+同平均報酬報酬額×1,000分の5.481×H15年4月1日以後の被保険者月数)×物価スライド率。

・ただし、H12,H13.H14は徳政令により、物価が下がったにもかかわらず、左記にあるように、実際には下げなかった。
・その結果、平成16年度の物価スライド率は0.988とされた。
 注:この時代のメインのテーマは、5%適正化(給付を5%下げる)ことであり、実際には上記による額と、
従前額保障値=(H6年再評価率表による平均標準報酬月額×1,000分の7.5×H15年4月1日前の被保険者月数+同平均報酬報酬額×1,000分の5.769×H15年4月1日以後の被保険者月数)×1.031×物価スライド率、のうち、大きい額を取るという方式であった。
4.平成16年10月改正後における物価スライド特例措置(参考)
 本則で定めた方式による年金額よりも、実際にもらっている年金額の方が高いという現実の壁に直面したため、平均して1.7%のもらいすぎと揶揄された年金額を下げる制度(物価スライド特例措置))がとられた。
 すなわち、「物価が下がったときはそれに応じて年金額を下げるが、物価が上がっても年金額は据え置きとする」
 国民年金:物価スライド特例措置(60改正法附則7条)
 満額の老齢基礎年金の額=804,200円×物価スライド率(H16年度は0.988、前年の物価指数が直近の物価下落による改定がおこなわれた年の前年の物価指数より下がったときは、 その翌年の4月以降低下した物価低下率×改定前の物価スライド率で改定した値
 厚生年金:物価スライド特例措置(16年改正法附
 則27条)
 老齢厚生年金の額=上記3の従前額保障に同じ。
 ここで、物価スライド率は、H16年度は0.988で、それ以降は、左に同じ。
5.スライド調整期間の不一致
5 1 なぜ、調整期間が国民年金と厚生年金で大きく異なることになったか
(1)制度上の問題
@年金勘定は別建てになっている。
・年金財政を管理する国の「年金特別会計」は、国民年金財政を管理する国民年金勘定、基礎年金の給付を行う基礎年金勘定、厚生年金財政を管理する厚生年金勘定の3本立てである。
国民年金勘定 収入:年金1号被保険者からの保険料(1.4兆円)、運用収入、国庫負担金(1.9兆円)
支出:基礎年金拠出金(3.4兆円)
差額:蓄積して国年積立金(10.5兆)円へ
基礎年金勘定 収入:国民年金・厚生年金勘定からの基礎年金拠出金
        (含む共済組合等からの拠出金)(24.5兆円)
支出:基礎年金受給権者に対する給付(24.6兆円)
厚生年金勘定 収入:事業主等(含む共済関係)からの保険料(39.3兆円)、 運用収入、国庫負担金(10.5兆円)
支出:基礎年金拠出金(21.1兆円)、厚生年金・共済年金受給権者に対する給付(28.7兆円)
差額:蓄積して厚年・共済実施機関積立金(234.2兆円)へ
 注:数値は令和4年度値で、大まかな概数
Aそして、現行の調整期間終了年度の決定方法は、それぞれの年金勘定をベースとした2段階方式になっている。
 よって、当初から、終了期間を一致させる方式にはなっていなかった。ただし、平成16年度の財政再計算では、国民年金、厚生年金とも必要調整期間は19年間で、所得代替率は50.2%を維持できると、試算されていた。
(2)経済情勢の悪化等
・物価スライド特例の廃止まで、長期間を要し、マクロ経済スライド調整の適用が遅れた。
・国民年金においては、受給権者1人あたりの収入(拠出額単価)と支出(給付費用)のバランスがとれておらず、受給権者が増えれば増えるほど、積立金の取り崩し額が増える状況にある。
・厚生年金については、適用拡大や女性・高齢者の労働参加などにより、厚生年金被保険者が増大し、厚生年金勘定に好影響を与えた。 
・長期デフレ時代にあって、実質賃金のが伸び悩みが続き、賃金が物価よりも下がる場合は年金額の下げは物価どどまりとする(令和3年以降廃止)特殊ルールなどにより、厚労省がいうデフレ下での物価見合い高どまり年金が発生した。
 これにより、特に足元の基礎年金勘定の悪化が顕著になってきた。 
5.2 今後の見通し
 今後の年金財政の見通しは、賃金・物価の動向、人口の動向(出生率、人口構成比、在留外国人の数)などに依存する。
 過去30年投影ケースにおける見通し(年金額は月額で、物価上昇率で2024年度に価値換算した値)
 ・実質賃金上昇率0.5%等、妻は40年間国年、夫は40年間厚年被保険者  
 ・報酬比例部分は2026年度に調整期間終了とする。
 年度  夫婦2人の基礎年金額  夫の報酬比例額 合計
   2024年度    13.4万円(36.2%)     9.2万円(25.0% )     22.6万円(61.2%)
  2026年度
  (報酬比例調整期間終了)
               (36.0%)               (24.9%)                 (60.8%)
 2029年度
 (次の財政検証)
    3.1万円(35.3%)      9.2万円(24.9% )      22.3万円(60.1%) 
   2040年度     12.1万円(31.4%)      9.6万円(24.9%)      21.6万円(56.3%)
 2057年度
  (基礎年金調整期間終了)
   10.7万円(25.5%)    10.4万円(24.9% )      21.1万円(50.4%)
    2060年度      10.8万円(25.5%)    10.6万円(24.9%)      21.4万円(50.4%)
 
 問題点
・基礎年金部分の調整期間が今後とも30年以上続き、2057年度には、満額年金額が月額5万4千円程度まで低下する。
 これにより、基礎年金による所得代替率も36.2%から25.5%に低下。 
 この影響は障害基礎年金・遺族基礎年金にも及び、基礎年金だけの受給権者には大きなダメージとなる。  
・報酬比例部分は、2027年度以降、スライド調整の適用をやめることができ、その後、年金額はあがると見込まれる。
 ただし、報酬比例額の少ない低年金者ほど、基礎年金ダウンの影響を大きく受ける。
6. 調整期間の一致化の試み
 上記4の悪影響を緩和するために、厚生年金勘定の積立金の一部を国民年金勘定の積立金にまわすことと、国庫負担分の増加により、調整期間を一致させることが検討されている。
(1)過去30年投影ケースにおける検討例
 調整期間の終了年度を、厚生年金については2026年度予定を10年延ばし、国民年金では2057年度予定を21年短縮し、いずれも2036年とする。 
 年度  夫婦2人の基礎年金額  夫の報酬比例額  合       計
 2024年度   13.4万円(36.2%)    9.2万円(25.0%)   22.6万円(61.2%)
 2026年度               (36.0%)              (24.8%)              (60.8%)
 2029年度
 (次の財政検証)
              (35.3%)              (24.3%)              (59.6%)
  2036年度
 (調整期間同時終了)
              (33.2%)              (22.9%)              (56.2%)
  2059年度    14.0万円 (33.2%)     9.7万円(22.9%)    23.7万円(56.2%)

 期待される効果など
@ 2036年年度までは、現行所得代替率61.2%から56.2%まで低下するが、その後は基礎年金、報酬比例年金ともスライド調整が不要になり、所得代替率はそれ以降56.2%が維持されると見込まれる。
・つまり、2057年度まで調整を続ける場合に比べて、所得代替率は50.4%から56.2%まで改善となる。
 この5.8%の改善は、基礎年金の給付水準向上に伴う国庫負担増による効果3.9%のほか、厚生年金積立金の国民年金への移転による効果が1.9%と試算されている。
 (より詳細にいえば、報酬比例部分について調整が不要となるはずの2027年度以降も10年間調整を続けることによって増加した厚生年金積立金を、基礎年金勘定に移転させるとした場合、その効果は3.9%であるが、その10年間に、報酬比例部分の年金額が2%減となることを考慮すると、1.9%の効果とされている)
⇒拠出金として国民年金勘定・厚生年金勘定から基礎年金勘定に投入する額は、それぞれの被保険者数の按分比例で行われている。
 しかしながら、調整期間の一致化のためには、これとは異なるどのような配分にするかも、重要な検討課題である。
A上記の効果を実現するためには、
・基礎年金勘定に投入する拠出金の配分について:
 厚生年金積立金からの比率を現在の被保険者数の按分比例方式より多くすることについて、厚生年金保険料納付者の納得が必要である。
・報酬比例部分の調整終了期間を10年間延ばすことについて:
 その10年間の間は、報酬比例部分の年金額が若干下がることについて、老齢厚生年金受給権の納得も必要である。(いずれ、基礎年金額を含めた合計年金額が増えるが、その前に死亡した場合は元が取れないこともあり得る)
・国庫負担の財源の確保:
 基礎年金の給付の増加に応じて、必要な国庫負担額が増えることになる。このためには、どのようにして新たな恒久財源を確保するかが、国民全体に課せられた課題となる。
 

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