社会保険労務士福留事務所(Tome塾主宰者) 


  
 「年金の受給権とは:わかっているようで分かりにくい言葉」

0. はじめに
 年金の受給権という言葉は、普段、何気なく使ってはいるが、突き詰めて考えようとすると、結構難しい場合もある。
 当然、年金を受ける権利のことであるが、権利と義務は表裏一体となっているので、保険者側からみれば、年金を支給する義務のことでもある。

1.基本権・支分権と時効について
(1)規定
 「保険給付を受ける権利(当該権利に基づき支払期月ごとに又は一時金として支払うものとされる保険給付の支給を受ける権利を含む)は、5年を経過したときは、時効によって消滅する」(厚年法92条)
 ここでいう一時金とは、未支給年金にからむもの。障害手当金は保険給付であるから5年(例外として、脱退一時金は2年)
 国年法(102条)では、年金給付は5年、一時金(死亡一時金、脱退一時金)は2年
 「基本権」:給付を受ける(大元の)権利」のことをいう。
 「支分権」:基本権にもとづいて、支払期月ごとに又は未支給給付として一括して支払われる給 付を受ける権利のことをいう。

(2) 時効の規定の実際の運用
(a)平成19年7月6日以前に受給権が発生したものについては、規定上は、会計法31条(注1)が適用され、時効5年が過ぎたときは、国は、時効を援用することなく自動的に時効消滅として取り扱うこととされていた。
・ただし実際の運用として、「やむを得ない理由により請求することができなかった」という申立書を提出して、基本権は認められていたようである。
・支分権については、規定どおり適用されていたようである。ただし、年金記録の訂正が行われた場合は、支分権が消滅している部分についても、別会計から支給されてきた。

(b) 平成19年7月7日以降に受給権が発生したものについては、規定上は、「会計法31条は適用しない」ことに。(厚年法92条4項)。(つまり、援用するかしないかは厚労相の判断による)
・ただし、実際の運用として、基本権については、援用していないと思われる。
・支分権については、以下の場合は「援用しない」としているが、その他の場合は、援用していると思われる。
 ア 年金記録の訂正が行われた場合
 イ 援用しない事務処理誤りと認定されたもの。

2. 受給権が発生するパターン
 年金の受給権については、「保険給付を受ける権利は、その権利を有する者の請求に基づいて、実施機関が裁定する」(厚年法33条)。
 国年法については「厚生労働大臣が裁定する」 (国年法16条)とあり、規定上は、請求を前提とする裁定主義がとられている。
 しかしながら、個々の規定を詳しく見ていくと、取扱いに若干の違いが見られ、次の3つのパターンに分けられそうである。

2−1 「受給要件充足により支給する」とあるパターン
 「受給要件を満足すれば支給する」と規定されているもの」
 (ただし、裁定請求を行い、受給要件を満足していることが確認された場合に初めて、政府に支給義務が発生することはいうまでもない)
 このパターンの年金については、
・受給権の発生日は、受給要件を満足した日、すなわち老齢年金であれば、年齢要件を含めたすべての要件を満足した日、障害年金であれば障害認定日(ただし初めて2級の場合は2級以上に該当した日)、遺族年金であれば死亡した日、に遡って、受給権が発生する。
・基本権の消滅時効の起算日は受給権の発生した日の翌日、支分権の(支払月毎の)消滅時効の起算日は、支払月毎の翌月(奇数月)の初日である。
・年金の支払は、受給権発生月の翌月分から(ただし、初めて2級の障害年金に限り請求月の翌月分から)さかのぼって行われるが、支分権が時効援用される通常の場合は、上記起算日から5年経過した分については、支給されない。

 このパターンの例
・老齢厚生年金については、
 「被保険者期間を1月以上有する者が、65歳以上であり、保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が10年以上に該当するに至ったときに、その者に支給する」 (厚年法42条)(注2)
・障害厚生年金については、
 「初診日において被保険者であった者が障害認定日において、障害等級に該当する場合に、その者に支給する。ただし、保険料納付要件を満たないときは、この限りでない」(厚年法47条)
・遺族厚生年金については
 「被保険者又は被保険者であった一定の者が、死亡したときに、その者の遺族に支給する。ただし、短期要件(障害厚生年金の受給権者を除く)にあっては 保険料納付要件を、長期要件にあっては保険料納付済期間等が25年以上を満たないときは、この限りでない」(厚年法58条)
・その他、老齢基礎年金、障害基礎年金、遺族基礎年金、寡婦年金、特別支給の老齢厚生年金、遺族厚生年金・・・・・も同様である。

 それでは、上記のような年金について、受給要件をすべて満足しているが、裁定請求していない者は、受給権者といってはいけないのか
⇒それが、今日の主なテーマでもある。
 また、裁定請求とはどんな性格のものか、裁定請求してもそれが認められるか否かまだ不明の段階にあるのに、時効が進行するのはおかしいのではないかという疑問もわいてくる。
⇒これについては、後掲の最高裁判例を参照のこと

2−2 請求が必要なパターン
「受給要件を満足するにいたったときには、請求することができる」と規定されているもの
・請求を行い、受給要件を満足していることが、確認された場合にあっては、請求した日に受給権が発生する。
・よってこの場合は、支給は請求月の翌月分からであって、支分権の時効生滅の出番がない

 このパターンの例
・老齢基礎年金(老齢厚生年金)の繰上げ
「老齢基礎年金(老齢厚生年金)の支給繰上げの請求をすることができる」(国年法附則9条の2など、厚年法附則13条の4等)
・障害者特例
「特別支給の老齢厚生年金の受給権者が・・・(障害者特例に該当したときは)老齢厚生年金の額の計算の特例の適用を請求することができる」(厚年法附則9条の2)
 注:長期特例、船員・坑内員の特例の場合は、請求行為は不要で自動的

・事後重症による障害年金
 「・・・65歳に達する日の前日までに障害基礎年金(障害厚生年金)の支給を請求することができる」(国年法30条の2、厚年法47条の2)
⇒この場合は、請求期限もついているので、その期限をすぎると、請求すらできない。

2−3 未支給給付(死後請求)によるパターン
 「死亡した受給権者が死亡前にその保険給付を請求していなかったときは、一定の者は、自己の名で、その保険給付を請求することができる」(厚年法37条3項、国年法19条3項もほぼ同じ)
 「死亡した受給権者」とあり、「死亡前にその保険給付を請求していなくても受給要件を満足しておれば、「受給権者」と称しているではないか

 未支給の保険給付の請求方法の例 
 「老齢厚生年金の受給権者が死亡した場合であって、受給権者が裁定請求する前に死亡したときに、未支給の保険給付の支給を受けようとする者は、未支給給付並びに老齢厚生年金の請求書及びこれに添えるべき書類等を機構に提出しなければならない」 (厚年法施行規則42条2項、障害厚生年金(含む障害手当金)についても施行規則58条2項、遺族厚生年金についても施行規則75条の2項により同様。国年法も同様)
 ただし、死後になっても請求できるのは、パターン1の年金のみであって、パターン2については、本人でないと請求できない。

例1: 厚生年金被保険者期間があるが保険料納付済み等の期間が25年ないものが、平成29年8月前に死亡した場合は、死亡したときは老齢年金の受給権は発生せず、未支給もなし。
例2:上記において、過去の記録を再確認したところ、未統合の記録が出てきて、60歳から特別支給の受給権があることがわかった場合は、一定の遺族(で最上位者)は、未支給の特別支給の老齢厚生年金、65歳からの老齢厚生年金と老齢基礎年金を請求して、時効特例により全期間の未支給分を一時金として受給できる。
 また、配偶者などの一定の遺族がおれば、その後は、遺族厚生年金も受給できる。
例3: 厚生年金被保険者期間があるが保険料納付済み等の期間が25年ないものが、退職後に死亡など短期要件に該当しない場合は、一定の遺族がいても、遺族厚生年金の受給権は発生しない。
 ところが、この者は2級以上の障害状態にあり、障害厚生年金を受給できるのに、これを請求していなかった。
 そこで、一定の遺族(で最上位者)が障害認定日にさかのぼって、障害厚生年金を申請し(事後重症の場合は請求できず)、それが認められた場合は、死亡月分までの未支給の障害厚生年金の支給の可能性がある(他の年金との調整があるかもしれない)ほか、死亡月の翌月分からの遺族厚生年金が支給される。

3. 応用問題
3.1 老齢厚生年金の繰上げ
(1) 60歳から65歳までの間に報酬比例部分のみの特別支給の老齢厚生年金が支給される者(注3)の繰り上げ
「支給開始年齢に達する前に、実施機関に老齢厚生年金の支給繰上げの請求をすることができる」(厚年法附則13条の4)
・本来は受給権が発生しないはずであるが、請求すると、(年金額の減額と引き換えに)、請求日に受給権が発生する。
・この者が、在職中であるときは、支給開始年齢に達した日に、(本来の受給権発生と同様な取扱いがなされ)、その月の前月までの被保険者期間に基づいて、年金額の見直しが行なわれ、翌月分から年金額が増額となる」(いわゆる受発時改定。なお、支給開始年齢前の退職改定はない)(附則13条の4の5項)
・この者に支給される年金は、特別支給の老齢厚生年金と本来の老齢厚生年金の両方というあいまいさがある。
 よって、國年法上は65歳に達したとみなされるが、厚年法上は複雑であり、
 ア:経過的加算は繰上げと同時に支給、配偶者加算は65歳から、
 イ:在職年金は60歳台前半のルールを適用。雇用保険との調整(高年齢雇用継続給付、基本手当)あり、
 ウ:事後重症、初めて2級の障害厚生年金の請求はできなくなる。(附則16条の3)

(2)60歳台前半の特別支給の老齢厚生年金がない者注4の繰り上げ
 「65歳前までの間に老齢齢厚生年金の支給繰上げの請求をすることができる」(附則7条の3) 
・本来は65歳前には受給権が発生しないはずであるが、請求すると、(年金額の減額と引き換えに)、請求日に老齢厚生年金の受給権が発生する。
・この者が、在職中であるときは、65歳に達した日に、(本来の受給権発生と同様な取扱いがなされ)、その月の前月までの被保険者期間に基づいて、年金額の見直しが行なわれ、翌月分から年金額が増額となる」(受発時改定。65歳前までは退職改定はない)
・國年法上は65歳に達したとみなされるが、厚年法上はさらに複雑であり、
 ア、ウは同じであるが、
 イ;在職年金は60歳台後半のルールを適用。
 高年齢雇用継続給付があるときは、60歳代後半の在労停止に加えて調整がある(附則7条の5)ほか、基本手当との調整もある(附則7条の4)

3.2  老齢厚生年金の繰下げ
 「老齢厚生年金の受給権を有する者であって、・・・・・・・・、老齢厚生年金を請求していなかったものは、実施機関に支給繰下げの申出をすることができる」(厚年法(44条の3、国年法28条も同様)
 「受給権を有する者とあるから、繰り下げは、あらたな受給権発生の問題ではなく、一種の「選択の申出」である。
⇒選択とは、65歳に遡って本来の老齢厚生年金を受給するか、あるいは、申出の翌月分から増額された老齢厚生年金を受給するかの選択である。
・65歳時にすでに受給権が発生し、支分権もスタートしているので70歳をすぎてから申出を行うと、申出月と65歳までの間が5年を超える分は時効消滅するという問題があった。
・平成26年4月からの改正(44条の3の2項)
 「5年を経過した日後に申出をしたときは、5年を経過した日に申出があったものとみなす」
 改正後は、72歳のときに「繰下げの申出」をしても、70歳のときに申出をしたとみなされるため、5年間分増額した年金が70歳になった日の翌月分から遡って支給されることに。

3.3 繰り下げ待機中に死亡した場合の寡婦年金 
 「寡婦年金は、・・・・・・・・、婚姻関係が10年以上継続した65歳未満の妻があるときに、その者に支給する。ただし、その夫が障害基礎年金の受給権者であったことがあるとき、又は老齢基礎年金の支給を受けていたときは、この限りでない」
 ここで、「老齢基礎年金の支給を受けていことがあるときは支給しない」とあり、老齢基礎年金の受給権があるとは書いていないところが、大変に紛らわしい。
 たとえば、「65歳になっても老齢基礎年金の受給権があるのに裁定請求をしないままの状態で、死亡したときはどうか」
 これについては、最近の厚生労働省の解釈によれば、
・「老齢基礎年金の支給を受けていたとき」とは、老齢基礎年金の請求を行い支払いを受けていた者だけにとどまらず、受給権に基づき支払期ごとに支払うものとされる給付の「支払を受ける権利(支分権)が発生した場合」と解することが妥当である。
⇒「支分権が発生した場合」とは、請求はしなくても、支給要件を満足した時点で、支分権は発生する。
・ただし、老齢基礎年金の支給の繰り下げを行うまで、支分権を発生させる意思のなかったものとみなすことができる場合には、「老齢基礎年金の支給を受けていたとき」に当たらないと解釈する。(ただし、5年以内に死亡した場合に限る)また、この場合は、支分権を発生させる意思の無かったことを証明する書類の添付が必要である。
 つまり、「繰り下げ待機中に死亡した」と認められれば、寡婦年金か未支給の老齢基礎年金のいずれかを選択できるが、単なる請求放置の場合は、老齢基礎年金の支分権が発生しており、「老齢基礎年金の支給を受けていた」とみなされるので、寡婦年金の受給権は発生しない。

4.結び
 受給権ということばは、厳密にいえば、受給要件を満足している者が請求し、それを是と裁定したもの、つまり支給義務を伴った給付を受ける権利のことであろう。
 しかしながら、既に見てきたように、規定の中においても「請求をしていない者でも受給権者と明記されているものがある。
 この場合の「受給権者」とは「請求権のある者」という意味と思われる。
 さらに、いうと
・たとえば、老齢年金の場合は、受給要件を満足する者が、請求さえすればほぼ羈束的に(自由裁量の余地なく)認められると思われるので、請求権者と支給義務の裏づけがされた受給権者とはほぼ同義語とかんがえても、あまり問題はなさそうである。
・遺族年金の場合も、遺族として認められるか否かに若干の裁量的判断が必要な場合もあるかもしれないが、大部分は老齢年金と同様であろう。
・一方、障害年金については、請求権者と受給権者との間に距離がある場合も見受けられる。そして、この間のギャップを埋めることが、社労士の使命ともいえる。
                                       おしまい
 
 支分権の起算日について争った最高裁判例
 最高裁判例(障害年金請求事件、H29 .10.17)
事件の経緯: 上告人は,厚生年金保険の被保険者であった昭和45年6月,交通事故により左下腿を切断する傷害を負い,平成23年6月に障害年金の裁定請求した。
 これに対して、政府は、受給権を取得した年月を昭和45年6月とする障害年金の裁定をする一方,所定の支払期から5年を経過した障害年金についてはその支給を受ける権利が時効により消滅しているとして支給しなかった。
 上告人は,上記権利の消滅時効は裁定請求(平成23年6月)の時から進行するべきものと主張した。
判決文要旨:
・障害年金を受ける権利の発生要件やその支給時期等については,厚生年金保険法に明確な規定が設けられており,裁定は,受給権者の請求に基づいて上記発生要件の存否等を公権的に確認するものにすぎないのであって、受給権者は,裁定請求をすることにより,同法の定めるところに従った内容の裁定を受けて障害年金の支給を受けられることとなるのであるから,裁定を受けていないことは,上記支分権の消滅時効の進行を妨げるものではないというべきである。
 したがって,上記支分権の消滅時効は,当該障害年金に係る裁定を受ける前であっても,厚生年金保険法所定の支払期が到来した時から進行するものと解するのが相当である。
⇒裁定請求は公権的に確認するに過ぎないから、請求できるときに既に基本権、支分権の時効はスタートしている。請求できるのに請求しなかった者が悪い、ということ。

本文における注
注1:会計法31条「金銭の給付を目的とする国の権利の時効による消滅については、別段の規定がないときは、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。国に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする」
注2:平成29年8月1日前までにおいて10年以上25年未満のものは、65歳以上
であっても、29年8月1日に受給権が発生する。(年金の支給は29年9月分から開始)
注3:昭和28年4月2日から36年4月1日生まれ、1号女子は5年遅れで、老齢基礎年金の受給資格要件(10年)を満足しかつ厚生年金被保険者期間が12月以上の者
注4:昭和36年4月2日以降生まれ、1号女子は5年遅れで、老齢基礎年金の受給資格要件(10年)を満足しかつ厚生年金被保険者期間が1月以上の者

  平成30年8月25日)

 

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